大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和38年(ワ)9821号 判決

原告(反訴被告) 大栄産業株式会社

右代理人 籠原秋二

被告(反訴原告) 野村辰雄

右代理人 山形園松

主文

一、被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し、別紙目録記載の建物を明渡し、かつ昭和三八年八月一日以降右明渡済に至るまで一ヶ月金二、七三五円の割合による金員を支払え。

二、原告(反訴被告)その余の請求を棄却する。

三、被告(反訴原告)の原告(反訴被告)に対する反訴請求を棄却する。

四、訴訟費用は本訴反訴を通じて本訴被告(反訴原告)の負担とする。

五、この判決は第一項につき、原告(反訴被告)において金七万円の担保を供するときは仮に執行することができる。ただし被告(反訴原告)が金二五万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

原告(反訴被告以下単に原告という)訴訟代理人は、本訴につき「被告は原告に対し、別紙目録記載の建物を明渡しかつ昭和三八年五月八日以降右明渡済に至るまで一ヶ月金二、七三五円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、反訴につき「反訴原告(本訴被告)の請求を棄却する。訴訟費用は反訴原告の負担とする。」との判決を求め、本訴の請求原因として

一、原告は別紙目録記載の建物(以下本件建物という)および同土地(以下本件土地という)の所有者である。本件建物および土地は被告の所有であったが原告は次のような経緯でその所有権を取得した。すなわち、

(一)  被告は訴外橋本軍司から昭和三七年一〇月一九日金一七〇万円を金九〇万円と金八〇万円の二口として(イ)弁済期日昭和三八年一月一八日(ロ)利息年一割八分毎月一九日支払(ハ)弁済期後は損害金として、金一〇〇円について一日九銭八厘の割合による金員を支払う。との約定で借り受けた。

(二)  被告はその際債権担保の方法として訴外橋本との間に本件建物および土地について(イ)右債権の内金九〇万円を期日までに支払わないときは同額をもって、原告が一方的に売買することができる旨の売買予約、(ロ)残余の金八〇万円を期日までに支払わないときは、同額をもって代物弁済する旨の停止条件付代物弁済契約、(ハ)金八〇万円について順位第一番の抵当権を設定する。との各契約を締結し、右(イ)(ロ)に基づき所有権移転の仮登記を(ハ)に基づき抵当権の本登記を経由しかつ(イ)(ロ)の債務の弁済を遅滞した場合には債権者である訴外橋本において単独で売買または代物弁済として本件建物および土地の所有権移転登記をなし得るように、被告の委任状、印鑑証明書、登記済証等、登記手続に必要な書類を交付し登記手続を委任した。

(三)  訴外橋本は弁済期到来後被告に対し前記債権の弁済を請求したがこれに応じなかったので昭和三八年二月九日原告に対し前記金一七〇万円の債権、ならびに本件建物および土地についての前記第(二)の売買予約完結権停止条件付代物弁済契約等の各権利を、前記委任状等登記手続に必要な書類と共に譲渡し同日被告にも口頭で右債権譲渡の通知をした。

(四)  そこで原告は同年三月初旬頃被告に対し訴外橋本から右債権を譲り受けた旨を通知し被告は右譲渡の承諾をしたのでその弁済を求めたがこれに応じないため同月一九日頃、本件建物および土地について、被告の債務不履行を理由に売買予約を完結する旨の意思表示をなしそれに基づいて同年五月八日原告のため本件建物および土地につき所有権移転登記手続を完了した。

(五)  仮に右第(三)記載の訴外橋本の被告に対する債権譲渡の通知あるいは被告の原告に対する債権譲渡の承諾が認められないとしても訴外橋本は昭和三八年七月二九日被告に対し内容証明郵便(甲第三号証の二)をもって原告の売買予約完結権行使の前提となるべき右債権の譲渡を通知し、同通知は同月三一日被告に到達したから、本件建物および土地の所有権は同時点において原告に移転したものというべきである。

(六)  また仮に右主張が認められず訴外橋本の被告に対する原告主張の貸金債権金一七〇万円のうち被告が金九〇万円の貸与を受けていなかったとしても、原告は残債権金八〇万円について締結された停止条件付代物弁済契約に基づき被告の債務不履行を理由として昭和四〇年九月二日付準備書面により同年一〇月七日の本件口頭弁論期日において所有権取得の意思表示をしたからこの点からしても本件建物および土地に対する所有権は同日以降原告に帰属するに至った。

二、被告は原告に対し本件建物を明渡して本件建物および土地を引渡すべき義務あるにかかわらず不法にこれを占有しているので原告は本件建物および土地の所有権を取得した以後被告の右不法占有によって、家賃統制令による適正賃料に相当する一ヶ月金二、七三五円の割合による損害を被らしめられている。

三、よって原告は被告に対し、本件建物の明渡しならびに原告が本件建物および土地の所有権を取得した昭和三八年五月八日以降右明渡済に至るまで、一ヶ月金二、七三五円の割合による損害金の支払いを求めるため本訴に及んだ。

と述べ、

反訴請求原因に対する答弁として

反訴請求の原因第一項のうち本件建物および土地につき反訴原告主張の登記のなされてあることは認める。その余の主張事実をすべて争い、本訴請求の原因事実を援用する。

法律上の主張として、

被告から昭和三八年五月八日付で原告名義になされた本件建物および土地の所有権移転登記が仮に原告の前記売買予約完結権の行使あるいは代物弁済により所有権を取得する以前に先行され、その当時実体関係を伴わない無効な登記であったとしても、本件口頭弁論終結当時においては実体的の権利関係に合致する完全な登記として有効となったのであるから、抹消されるべき理由がない。

また登記の効力とは別に本件建物および土地が原告の所有であることは明かであるから被告は原告に対し本件建物を明渡すべき義務がある。

と述べた。

被告訴訟代理人は本訴につき「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決ならびに仮執行免脱の宣言を求め、反訴につき「反訴被告(本訴原告)は反訴原告(本訴被告)に対し本件建物および土地につき東京法務局杉並出張所昭和三八年五月八日受付、第壱壱六四八号同年三月一九日売買を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は反訴被告の負担とする。」との判決を求め、

本訴の請求原因に対する答弁として

一、請求原因第一項(一)のうち被告が訴外橋本から金八〇万円を原告主張の約定で借り受けたことは認めるが、被告がその余の金九〇万円を原告主張の約定で借り受けた事実は否認する。

同項(二)は否認する。

同項(三)のうち、訴外橋本が原告に債権を譲渡したことは不知。

その余は否認する。

同項(四)のうち、原告主張のような登記手続がなされたことは認めるがその余は争う。

同項(五)のうち原告主張の内容証明郵便がその主張の年月日に被告に到達したことは認めるが、その余は争う。

同項(六)の原告が本件建物および土地の所有権者であるとの主張は否認する。

二、第二項のうち被告が本件建物を占有していることは認めるが、その余は争う。

三、第三項は争う。

四、法律上の主張として、

訴外橋本は、昭和三八年七月三一日被告に対し原告に本件債権譲渡の通知をしたのであるが、原告は既に同年五月八日付で右債権の弁済遅滞を理由として売買予約の完結を原因とした本件建物および土地に対する登記簿上の所有名義を原告に移転している。しかしながら、原告は通知前の同時点においては民法第四六七条により被告に対してその債権を行使し得ないのであるから原告が譲受け債権者であることを前提とした本件建物および土地の所有権の主張は失当である。

と述べ、

反訴の請求原因として、

一、原告は本件建物および土地につき反訴請求の趣旨記載のごとき所有権移転登記を経由したが、被告は右登記原因である売買契約を締結したことはない。

二、また、原告は右登記をなすに当って被告の委任状(乙第一号証の一)を使用したが右委任状は次の経緯により偽造されたものであり、偽造の委任状によってなされた登記は無効であるから抹消さるべきである。すなわち、

原告会社代表者藤田三四郎は昭和三八年二月一一日頃被告方に来訪し「被告の訴外橋本に対する債務の弁済期が到来したので抵当権を実行されるおそれがある。実行を阻止するための弁済期延長の手続および原告は被告に一五〇万円世話をしたいがその手続のためには印鑑証明書二通と委任状一通が是非必要である。」旨話したので被告は右同日付印鑑証明書「杉馬証六七〇号」(乙第一号証の二)外一通と内容無記入の委任状一通を渡した。然るに右藤田は約旨に反して右委任状に「後記物件に対し昭和三八年三月一九日売買を為したるに付所有権移転登記申請の件」と勝手に記入しもって委任状を偽造したものである。

三、更に本訴の請求原因に対する答弁の第四項において法律上の主張として記述した理由により原告名義になされた本件建物および土地の所有権移転登記は実体関係を伴わない無効なものであって、被告に対して右登記の有効なることを主張し得ないものである。

四、以上いずれの理由にせよ本件所有権移転登記は抹消されるべきであるから、被告は原告に対しこれが抹消登記手続を求めるため反訴請求に及んだ

と述べた。

証拠≪省略≫

理由

一、訴外橋本の被告に対する原告主張の第一項の(一)の金一七〇万円の貸金債権のうち一口の金八〇万円については被告が訴外橋本から原告主張の約定で借り受けたことは被告の自認するところであるが、他の一口の金九〇万円の存否ならびに、右二口の債権に対する原告主張の第一項の(二)の本件建物および土地についての担保提供の有無について当事者間に争いがあるのでまずこの点から判断する。

≪証拠省略≫を総合すれば、

被告は訴外大東振興有限会社(以下訴外大東振興という)から金六〇万円を、弁済期に支払を怠ったときは百円につき日歩金九銭八厘の損害金を支払うことを特約して本件建物および土地につき東京法務局杉並出張所昭和三七年九月一四日受付債権元本極度額金六〇万円の根抵当権設定登記ならびに弁済期に債務を支払わないときは代物弁済として所有権移転の請求権保全の仮登記を各経由して借り受けたが、弁済期が到来しても借金の返済ができず訴外大東振興に本件建物および土地に対する所有権を取得せられるおそれがあったので早急に返済資金を入手して借替える必要に迫られていたこと、被告は訴外島田博二に対し同人を自己の代理人として一方訴外大東振興に対する弁済の猶予と他方本件建物および土地を担保に提供することを条件にして訴外橋本から同人の代理人であった被告会社代表者訴外藤田三四郎を通じて融資の申入れ等一切の折衝に当らせたこと、訴外島田は被告から印鑑証明、白紙委任状の交付を受け、訴外橋本から約一五〇万円乃至一七〇万円の金融の承諾を得て昭和三七年一〇月一九日前記杉並出張所において金銭の給付を受け、訴外大東振興に対する前記債務の弁済をなすことに協議を取り纒めたこと、被告は右同日同所において訴外島田の要求に応じ訴外藤田に対し被告直接あるいは訴外島田を通じて更に印鑑証明、白紙委任状および被告自ら署名押印し所要事項の記入を承認した不動産売買予約証書(甲第二号証の二)抵当権設定金員借用証書(同号証の一)等被告の債務不履行の場合に所有権移転登記手続に必要な書類を交付し、原告主張の第一項の(一)の金九〇万円についての金銭消費貸借を締結し、訴外橋本からこの部分として手交された借入金の内から金六三万円をもって訴外大東振興の債務を弁済して右大東振興のためなされていた本件建物および土地に対する所有権移転の仮登記、根抵当権設定登記の放棄による抹消登記手続をした後直ちに訴外橋本のため前記杉並出張所受付第弐五九参八号をもって原告主張の第一項の(二)の(イ)記載の売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記を経由したこと、更らに右杉並出張所附近の鰻屋において訴外島田は被告と同人とが連帯債務者となって訴外橋本から、訴外藤田を通じて原告主張の第一項の(一)の金八〇万円の分についての消費貸借契約を締結しこの部分についての借受金の交付を受けて訴外藤田宛にさきの金九〇万円との二口分金一七二万円を領収した旨の仮領収書(甲第四号証)を作成して差し入れたこと、訴外橋本は本件建物および土地に対して、原告主張の第一項の(一)の金八〇万円の借付金について同年同月二五日右杉並出張所受付第弐六五参参号、第弐六五参弐号をもって原告主張の第一項の(二)の(ロ)の停止条件付代物弁済契約による所有権移転仮登記(ハ)の抵当権設定登記を各経由したことをそれぞれ認めることができ、右認定に反する被告野村辰雄本人尋問の結果はたやすく信用することができず他に右認定を覆すに足る証拠はない。従って被告の代理人であった訴外島田がたとえ被告の意思に反し訴外橋本から過大な金員を借り入れその幾部かを被告に手交せず自己のために着服横領したとしても訴外島田の訴外橋本との間においてなした以上認定の金銭貸借契約ならびにこれに基づく担保権設定行為は全て被告に対し有効に成立したことになる。

二、次に原告主張の第一項の(三)(四)の事実について判断する。

≪証拠省略≫を総合すれば、訴外橋本は被告が弁済期に債務の履行をしなかったので昭和三八年二月九日原告会社に対し原告主張の第一項の(一)の被告に対する金九〇万円と金八〇万円の二口の貸金債権ならびにこれに随伴した売買予約、代物弁済の各完結権、抵当権およびこれに対する利息損害金を譲渡したこと、原告は右債権の譲受人として被告に対し債務の弁済を求めたがこれに応じなかったので同年五月八日本件建物および土地について前記杉並出張所受付第壱壱六四八号をもって同年三月一九日売買予約完結権を行使してその所有権を取得した旨の登記手続を了し、被告に対しその旨通知し本件建物の明渡を求めたことを認め得るも、訴外橋本が被告に対し右登記手続以前に原告に右貸金債権の譲渡を通知したこともまた被告がこれを承諾したことを認めるに足りる証拠がない。

三、そこで更に原告主張の第一項の(五)の対抗要件の充足行為について考察する。

訴外橋本が昭和三八年七月二九日被告に対し内容証明郵便をもって本件債権ならびにこれに随伴する売買予約、代物弁済の各完結権抵当権等を譲渡した旨通知し同通知が同月三一日被告に到達したことは当事者間に争がないから原告は訴外橋本から本件債権の譲渡を受け譲受人として右債権に基づく契約上の地位を取得し被告の債務不履行による本件建物および土地に対する所有権移転登記手続履行請求権を有するに至ったとして対抗要件を具備する以前において既に登記簿上原告名義に所有権移転登記の経由したことは前段認定のとおりであるが、同認定に供した諸証拠ならびに弁論の全趣旨によれば原告の譲り受けた本件債権については同年七月三一日以降右対抗要件欠缺の瑕疵は補完され、原告はその頃被告に対し直ちに本件建物の明渡を求めているので譲受債権者として有効に売買予約完結権を行使して本件建物および土地についての完全な所有権を取得したものというべきであり、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

四、しかして被告が本件建物を占有使用していることは認めて争ないところであり、被告は前記日時以降原告に対し本件建物を明渡すべき義務があるにかかわらず原告に対抗し得べき正権原なくしてこれを占有し賃料相当の損害を被らしめていることになる。そして本件建物についての地代家賃統制令による適正賃料が一ヶ月金二、七三五円であることは明かであるから被告は原告に対し本件建物の所有権が有効に帰属した日の翌日である昭和三八年八月一日以降本件建物を明渡すに至るまで右同一割合による損害金を支払うべき義務がある。よって原告の被告に対する本訴請求のうち本件建物の明渡および右損害金の支払を求める限度において理由あるものとしてこれを認容しその余の請求は失当として棄却さるべきである。

五、最後に被告の反訴請求について判断する。

被告は反訴の請求原因第一項において本件建物および土地につきなされている反訴請求趣旨記載の所有権移転登記は、登記原因を欠缺する無効の登記であると主張するが右登記は実体的な権利関係と符合した真実の権利状態を表示した有効なものであることはさきに本訴において認定したところでありまた被告は同第二項において、本件登記は被告主張のような経緯のもとに偽造の委任状によりなされた無効のものであると主張するも≪証拠省略≫によるも被告が訴外島田あるいは、訴外藤田に対し単に自己の署名押印のみをなし必要事項の記入権限を授与したいわゆる白紙委任状を交付した事実を認め得るにすぎず原告が被告主張の委任状を偽造行使して右登記手続をなしたことを肯認するに足る何の証拠もない。従って被告の前記所有権移転登記の抹消登記手続を求める原告に対する反訴請求はその理由がないからこれを棄却さるべきである。

よって本訴ならびに反訴の各訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条但書を、仮執行の宣言ならびにその免脱の宣言については同法第一九六条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石原辰次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例